山田選手からのコメント
特別ラグビー留学コンサルタント就任のご挨拶
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- 山田章仁
- プロラグビー選手
- 福岡県北九州市出身
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この度、株式会社DEOW「留学ワールド」特別ラグビー留学コンサルタントに就任させていただきました山田章仁と申します。
現在、プロラグビー選手として活動させていただいているのですが、幼い頃から、グローバルな世界で仕事がしたいという思いを抱きながら過ごして参りました。
幼少期、私には年の離れた姉が2人おり、当時から英語だけは勉強しておきなさいと教えられてきました。実際に英会話教室に通ったりもしましたが、なかなか喋ることができない自分に気づいた時、これは英語を喋らないといけない環境に身をおくしかないと留学を決意することになります。
小学生の時、短期ではありましたが、初めて海外を訪れる機会があったので、思い切って踏み出し、ワクワクしながらシドニー空港につきました。
そこでお迎えに来ていただいたホストファミリーに、元気?この天気は好き?と聞かれ、
「HOT、HOT (暑い)」
という言葉をひたすらに繰り返し、早くこの時間が過ぎ去ってほしいとただただ祈りながら、空港から家までの車内を過ごしたのを今でも覚えています。
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そこから英語の猛勉強が始まり、初めて長期での留学を経験したのが19~20歳の頃でした。オーストラリアのシドニーで、昼間は語学学校での勉強、午後ラグビークラブチームでの練習という生活をスタートさせました。オーストラリアでは年齢関係なくオープンに話せる環境、世界中から集まる個性豊かな仲間との時間は想像よりも遥かに刺激的で、自分自身を大きく成長させてくれました。もともと、色んな人々と関わり自分自身を成長させていきたいという気持ちが強く、学生生活の最終章には最適な環境だったと思います。
大学時代、短期、長期の留学を重ね、帰国するたびに、日本で英語で話すことができる人が増えたのが本当に嬉しかったです。単純に英語が喋れるようになり、海外の方と話せるようになったことだけではなく、色んな価値観を持った人々と接することができたことで、自分の価値観を多面的に捉えることができるようになったと思います。
そんな学生生活を送り、幼い頃からの夢であったグローバルな世界で仕事がしたという私の想いはラグビー選手という形で実現させることができました。NZ、AUSでのラグビー選手生活、日本代表での海外遠征に2015年W杯での歴史的勝利。
HOTしか言えなかった山田少年は海外出身の監督の方々と英語でミーティングを重ねるまで成長。
全てにおいて、留学の経験、英語という言語が私のベースになっていることはまぎれもない事実であります。
ここ株式会社DEOW「留学ワールド」に集まる全ての学生にはそんな私が経験できた世界以上のものを経験していただき、自分自身を高め、グローバルな世界で活躍していただきたいと願っています。
世界で活躍するラガーマンを目指す皆さんにお会いできることを楽しみにしております。
略歴
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5歳からYMCAラグビースクール(現・ヤングベアーズ)でラグビーを始める。小倉高校を経て慶應義塾大学総合政策学部に進学。
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高校ではU17日本代表に選ばれ、大学では、1年から試合に出場し、U19日本代表にも選出される。
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大学2年時にオーストラリアに留学。現地ではイースタンサバーブスに加入しラグビー経験を積む。3年の春には、U23日本代表に選出、その年の秋の対抗戦からチームに復帰。以降、慶大の中心選手として活躍し4年生には、大学選手権で準優勝した。
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2008年5月、当時トップウェストAのホンダヒートとプロ契約。
同年7月10日、日仏150周年記念試合となった日本選抜xフランス大学選抜にウイングとしてフル出場。
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2010年にパナソニック ワイルドナイツ(旧:三洋電機ワイルドナイツ)にプロ契約し、移籍。
トップリーグ2012-13シーズン、開幕7戦連続トライの新記録を達成し、11月に行われる日本代表の欧州遠征メンバーに選出される。
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2013年11月15日、欧州遠征におけるロシア戦で後半28分から途中出場し、代表初キャップを獲得する。
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2015年、オーストラリアの当時スーパーラグビー所属のフォースに加入。同年8月にはラグビーワールドカップ2015の日本代表に選ばれる。
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ワールドカップでは南アフリカ戦に先発出場し歴史的勝利に貢献。迎えた第3戦 サモアとの試合でウィングとして先発出場、前半終了間際にワールドカップでの初トライを決める。
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2016年、サンウルブスに所属しスーパーラグビーデビュー
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2019年、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスに加入。
また同年8月、リヨンにレンタル移籍。